こんにちは! Hamです ^^
先日の記事の続きです。
無職になる宣言をしたとは言え、
今月いっぱいは、今の取引先の仕事を続けなければいけません。
ですが、実質、出勤するのは、あと5日。
思い起こせば、先週のリリース前、
ひとつのささいなミスも致命的になり、
大問題に発展して大騒ぎになってしまったりするですが、
リリースが終わり安定稼働すると、途端に平穏になるのですね。
しかも、ぼくの場合は、既に引き継ぎを始めているので、
責任のある仕事が新規で舞い込むこともありません。
本番リリース前後の、このギャップ、すごいです。
なんかね、自分が、抜けがらのように思えたり。
定年退職するおじさんの心境って、こうなんですかね?(笑)
まあ、とにかく、あと5日、約40時間の拘束時間を乗り切れば、
ぼくは、晴れて無職の身になれます(笑)
さて、ぼくは何のために、無職になるのか、
ここで、整理しておかなければなりません。
これをはっきりさせておかないと、
何も得られないまま、ついには生活に困窮して、
再び、下請け仕事を探すことになるのは目に見えています。
はっきりさせておいても、もしかすると、今のような生活に逆戻りするかもですが、
その時は、今わからない、何かを得ているはず。
というわけで、列挙してみましょう。
こんな感じでしょうか。
第一の理由は、明白です。
社会から切り離された状態で、どのような心理状況になるのか?収入を得るために、「自由」と引き換えに雇われているのが不満なら、
「自由」を取り戻してみようじゃないか、というわけです。
但し、引き換えに得られていたものは、消滅するんですね。
食っていくためには、しょうがないじゃないか、という理論に対して、
本当にしょうがないのか、試してみるわけです。
試した結果、やっぱり自由と引き換えでいいから、雇われていた方が楽だ!とか、
ちょっと高尚な話ですが、本当の意味での「自由」を見つけられるかもしれません。
或いは、思惑通り、奴隷のように雇われて働いていたことが、
社会的なシステムの在り方として、おかしい、ということが証明出来るかもしれません。
時間の制約がない状態で、行動がどう変化するのか?週休2日制の勤務形態ですと、平日働いて、土日休みますね。
多くの人は、この土日の休みの使い方を考えると思います。
48時間という限られた時間を、もっとも有効なものにするために、
ゆっくりしよう、とか、趣味で費やそう、とか。
ある程度の予定や、時間配分を考えると思うんですよ。
土曜日は、部屋の片づけを済ませて、日曜は買い物に出かけようとか。
でも、その時間配分を消化するのに疲れてしまい、
或いは、配分を消化し切れず、中途半端な状態になり、
なんだか、さっぱり休んだ気にならないまま、
サザエさんが始まってしまうみたいな。
限られた時間に、物事を済ませてしまおうと思うと、
次のスケジュールを考えてしまい、しばしばそこに集中出来なかったりします。
それでも、スピリチュアル的に?、調子のいいときは、
どんなに忙しい時でも、今に集中出来たりするんですけど、
今回は、世間とのしがらみを断ち切ることで、時間の制約も外し、
そんな中で、自分の行動がどう変化するか、試してみたいんですね。
そして、時間の流れの変化も観察してみたい。
とは言え、もともと人生は、
生まれてから死ぬまでの限られた時間の中の営みになりますので、
この「時間の制約を外す。」という試みは、
スピリチュアル的には、ちょっと外れた試みかもしれません。
逆に、魂は永遠の命であることを強調出来れば、
疑似的に、永遠の命をもった状態のシュミレーションであるともいえるかもですが。
雇われることを基本にした社会は変革出来るのか?今の日本の社会は、就業者の8割がサラリーマン(給与所得者)だそうです。
納税協会の記事より
http://www.nouzeikyokai.or.jp/yomimono/taxview/0308.html
# 厳密には、社長なんかも、給与を貰う形式にしていたりするので、
# 一概には8割がサラリーマンだ!とは言えないでしょうけど、
# 比率的には、ほとんどの人が、雇われて、収入を得ているんですね。
ぼくは、サラリーマンではありませんけど、
実質、取引先の社員たちと同じ勤務体系で働くことが多く、
かつ、下請けでしかないので、雇われているのと同じこと。
ちょっと掲げた言葉が大きすぎて、
具体的に、どうしたらいいかわかりませんけど、
少なくても、雇われることなく、自分の生計を成り立たせようとした場合、
どのような問題に直面するのか、きっと発見が多いと思います(笑)
そして、それが可能なら、
多くの人が抱える仕事に対する悩みを解消出来るかも。
サラリーマンをやめて、田舎に引っ込み、
自給自足の生活をすればいいのだ、とはよく言われますが、
現実的に考えたとき、みんなが自給自足していたら、
やはり文明の進歩のようなものは得られないと思うし、
簡単にうまくいくとは思えないので。
弥生時代に戻ろう!というのならOKなんですけど、
それは、世間一般的な欲求を考えたら、きっと現実的ではないですよね。
#ちなみに、ぼくは弥生時代でもいいとは思っています(笑)
さて、この3連休、すでにぼくの感じる時間の流れは、大きく変化しています。
川の流れに例えると、大河の流れ、みたいな(笑)
なんか、ゆっくりなんですね。
せわしなさがない。
2012年に近付くにつれて、時間の進みが早くなる、と思ってましたし、
実際に、その感覚は実感として、感じていたんですけど、
ここに来て、本当にゆっくりと流れる時間を経験しています。
時間が止まってしまうのではないか?ぐらいの。
もしかすると、それはそれで、よいことなのかもしれません。
- 2009/11/23(月) |
- 生きる
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